「冬星のノベル」のコーナー

はるかなる空へ 想いは飛び往く。
奥深い闇を 想いは射抜く。

その先にあるものを。
その先に拓ける未来を。
俺たちはどうしても 手に入れなければならないのだから。

夜風がカーブを増すたび、草の葉のこすれる微かな音がする。
闇に包まれ、些細な音に抱かれ、それらに包まれているようなやすらぎを感じる。
頭の上では二十五層におり重なった市街の赤い灯が、流された灯篭の群れのように遠く揺らめく。

一つ一つの灯篭の中では今も騒がしい日常が再生されているだろう。

その喧騒も聞こえては来ない。ここはまるで、音の無い死後の世界のようだ。

静かに眠るオンディーナの街。その最下層に広がるグランド層。真夜中の今、周囲には誰の姿もない。 ただ生ぬるい夜風がそこにあるものを撫ぜる昏い森。

次郎は、一人になりたかったのだ。

・・・オンディーナの子は、インバースと戦う。

生まれたときから決められた運命だ。なのに俺はその運命すらも勝ちとることができなかった。

母なるオンディーナ。二十五層の市街を包むドームを七つもつ、「この世界」で最も大きい州国家を擁する、偉大なる人工星。
その母の体はひどく疲弊していた。長く続くインバースの襲撃、循環資源の効率低下、反物質との反応による「この世界」の衰え…。
すべてが、遠くない世界の死を示していた。

暗雲に閉ざされていく運命に抗い、母なるオンディーナと「この世界」の寿命を少しでも永らえるため、オンディーナの子は、どこからともなく襲いくる航宙兵器「インバース」どもと戦うのだ。

頼みの綱は「チェイサー」と呼ばれる職業に就く者。クルーズチェイサー(航宙遊撃機)と呼ばれる航宙兵器に乗り込み、「この世界」を縦横無尽に疾駆し、インバースどもを狩る騎士のことだ。

だが、チェイサーになるには資格が必要だ。18歳になり成人し、難易度の高い筆記・実技試験に合格した、心身ともに健康で適性を満たした僅かな男女だけがクルーズチェイサーに乗れるのだ。零れ落ちた多くの者は、ラボ(航宙兵器開発所)や工場で労働者として働いたり商業を営んだり、市街で暮らす市民となる。

チェイサーには、倒した「インバース」の格(ランク)や機数に応じた賞金が与えられる。統制された軍隊というより賞金稼ぎであり、チームを組んで戦うのを好む者もいればソロで大物を狙う者もいる。いつの頃からか、そのような仕組みがつくられた。なぜそのようなシステムになったのかを一言で言えば、その方が「戦果が上がった」からだ。

そのようなわけで、「チェイサーになる」ということは、「一攫千金を狙う」こととほぼ同義だったが、次郎は賞金を稼ぐことには興味がなかった。鼻たれ小僧の頃から、ただチェイサーというものに憬れていた。必ずなるんだと信じてた。信じて、同じ道を目指す若者たちとともに己を磨いてきた。

そのなかに、なぜか強く惹きつけられる少女がいた。何がそんなに自分を惹きつけるのか、どうしてもわからないまま、想い続けた。強いて言うなら、彼女は何か得体の知れない「輝き」をもっていた。他の奴にも、そう感じられたかどうかは知らないが…。

少女は次郎とは正反対で、はっきりとした物言いをし、それはときには辛辣すぎるきらいもあったが、チェイサーという目標に向かうひたむきな姿勢と、困難に対しても一歩も退かない負けん気と、実際にそれを乗り越えてしまう機転の早さが、彼女を輝かせていた。・・・そう想う。

どんくさい自分を、笑いながらなぜか認めてくれた彼女と、「一緒にチェイサーになろう」、と約束したあの日。

そして試験を受け、自分だけが落ちた。落ち続けた。

思考能力にはさほど問題はなく、いやむしろ十分だったのだが、それを発揮する際の反応速度が問題だった。チェイサーとして必要とされる閾値を、どうしても超えることができなかった。

次郎は焦った。自分だけを残しチェイサーの門をくぐり離れていった同期達の姿が、浮かんでは消える。実際は、チェイサーになれなかったところで、働く場所はなくはなさそうだったが、どうしてもそれらを「現実の選択肢」として歩み寄ることが次郎にはできなかった。

「俺にはこれ(チェイサー)しかない。これだけを目指してやってきたし、他にできることもないのに…。」

流砂に半分飲まれてもう後戻りなどできないところまで来てしまったのに、その先に自分の通れる穴はない…。そんな不安と失意がない混ぜになったような感覚が次郎を襲った。

それに、手の届かないところに行ってしまった少女の、その後の様子も気になった。自分のものでもないのだが、他の男に奪われはしないかと、眠れなかった。

・・・恐れることは現実になる。

そうこうしている間に、彼女に彼氏ができた…という噂が流れてきた。相手は「クロス」というチェイサーだった。反応速度、戦闘のセンス共に破格の有望株の新人チェイサー。十二番街を彷徨っているとき、雑踏の中で抱き合う二人をみつけてしまった瞬間の胸の痛み……ナイフで切り開かれたというより、心臓を鋭い錐で貫かれた痛み。

痛くて、痛くて、痛くて。

重くて、重くて、脚が重くて。途方も無く重すぎて。

気がついたら、次郎は最下層の草原を歩いていた。

「俺にはもう何もない。」

言ってみると、自分の声が、もう他人ごとのように聞こえた。しかし、他の誰でもない。己のことなのだ。

「そうだ。俺のことなんだ。おれは…役立たずの廃棄物だ。だけど、それでも、俺だって、オンディーナの子なんだ。」

しゃがみこんで、健やかに伸びた芝草を両手でつかみ、次の瞬間…無残に牽きむしられる草の姿が思い浮び、手首に走った衝動はすぐに萎えた。小さなため息が一つ漏れた。

丸めた背中で空虚な胸を守るように。握ったこぶしで何もない未来を掴むように。

音のない海の底、灯篭の群れを仰ぎながら、闇に抱かれ次郎は眠った。

明日という日を、まだ生きるために。

(ver.1.02)

[履歴]

ver.1.02(第3版) 2022-4-22
ver.1.01(第2版) 日付不明
ver.1.00(初版) 2005-9-25

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本編は、スクウェア(現スクウェア・エニックス)発売の「クルーズチェイサー BLASSTY」というソフトウェアをもとにした二次創作です。

発売されたのは、1986年ごろだったようです。かれこれ20年前になりますか。ジャンル的には、SF RPG ということになるんでしょうか。ロボットのデザインを日本サイライズがしていたり、ロボット同士の戦闘シーンがアニメーション表示されたりで、当時話題になった作品の一つでした。

自分にとっては色々な面で印象に残ったのがそのドラマ性でした。当時のスクウェアって、アドベンチャーでもRPGでも少し哀愁のあるドラマ仕立てのSF路線だったんです。そのあたりが自分の個性と一致したというか…。そのへん後のFFシリーズでもFF7が一番好きだったあたり、自分の中ではずっと変わってないようです。(「アドベントチルドレン」まだ観れてません。手に入る日を楽しみにしつつ…。)

「BLASSTY」では、主人公がオンディーナ側につくか、インバース側につくかで、2通りのエンディングがあったのも好印象でした。

今回のお話では、どっちにしようか、今はまだ考えながら書いています。(と、いいつつ、大筋はもう全部できあがっているんですけども。)元作品を知らない人のために、イラストや解説を入れながら進行していけたらなぁ…と思ってます。

稚拙な二次創作物ですが、どうぞよろしくお願いします。

(2005-9-25)

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本体末尾にバージョンを付記しました。

(2005-9-25)